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ミッキーの京王線沿線ぶらぶら日記

ひま人主婦のミッキーが、大好きな京王線沿線を足の向くまま気の向くまま、ぶらぶら歩いて見つけたこと。

古天神公園のロウバイ

あちこちでロウバイの花を見かけるようになったので、調布の『古天神公園』に行ってきました。

ロウバイ1

静かな住宅街にある公園で、なだらかな斜面にロウバイ、キンモクセイ、藤、ライラックなど四季折々の香り高い木々が植えられています。
四季を通じて香りを楽しめるということで、「香りの公園」などと言われたりもしています。

でもこの公園、昔から古天神(ふるてんじん)と呼ばれて、今から千年前の本「延喜式」に出てくる布多天神社のあったところだそうです。
そういえば、調布駅近くの現在の『布多天神社』は、度重なる多摩川の水害を避けるために今の場所に移転したと聞きました。前にあった場所は、ここだったのですね。

この公園の周辺は、一万年前の旧石器を始めとした各時代の遺跡が発掘されているとか。
貴重な歴史を含んだ公園なんですねぇ。


詳しくは、調布市のホームページをご覧ください。

ロウバイ2

今の時期は、ロウバイの花が盛りを迎えていました。
透き通るような黄色い花びらはまるで蝋細工のようで、「蝋梅(ロウバイ)」と呼ばれているのも納得です。


ロウバイ3

ロウバイは、冬の終わり、、もうすぐ春かなぁ、、という頃に咲いて、甘い良い香りがします。
ちょっと寂しい感じがする花ですが、この日は傾きかけた夕日を浴びて黄金のように輝いていました。

とっても綺麗!!!

早く春が来ないかな。

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お茶目な伯母に、フラワリーの素敵な花を!

母はもういませんが、母の姉である伯母は元気です。
今年1月に92歳になりました。


フラワリーの花

今年も、伯母の誕生日に私たち4姉妹でお花を送りました。
今回も「フラワリー」にアレンジをお願いしました。
「フラワリー」は、2年前の卒寿の誕生日にもお願いした通販専門のお花屋さん。(2年前の記事は→こちら
初台のオペラシティーに、お店もあります。
センス抜群なので、私はとっても気に入っています。

今年のお花は、「お洒落で明るく、爽やかに!」とお願いしました。

希望すれば、完成した花の画像を送ってくれる嬉しいサービスもあります。
で、送られてきた画像を見たら、まさに希望どおり!
大満足でした。

お茶目で可愛い伯母ちゃんは、自分流を貫いて、なかなか人の言うとおりにはなりません。
姪の私たちには楽しい伯母だけど、娘たちにとっては悩みの種かも。

でもねぇ、伯母ちゃん、我儘だっていいんだよ。
ピアノを弾いたり、スケッチしたり、、、
気ままに楽しく、元気いっぱい長生きしてね!!!


箱根のホテルでプチ静養!

ちょっと箱根に行ってきました。

箱根1

昨年から今年にかけて、我が家はいろんなことがありました。
夫婦でなんだかとってもくたびれてしまって、、、

本当はバリ島辺りに1週間ぐらいいきたいところですが、そうもいかないので、箱根に2泊して、温泉に入ってゆっくりすることにしました。

湖の景色と富士山を眺められるところ!
ということで、迷った末に芦ノ湖に面した「山のホテル」に決めました。
岩崎小弥太の別荘だったとか。

新宿から高速バスで終点がホテルの入口なので、とっても楽チン。


箱根2

観光などいっさいなし。
時々温泉を楽しんで、どこにも出かけずホテルでのんびり過ごすのが、我が家流。

細い道の奥にあるホテルは「大人のホテル」といった感じで、静養にはピッタリでした。
夜は吹き抜けのラウンジで、暖炉の火を眺めながらお酒を飲んだり、、、

あいにく天気がイマイチで、期待していた富士山が雲に隠れてなかなか見えませんでしたが、2日目の午後、やっと姿を見せてくれました。

帰りも高速バスで、新宿にまっしぐら。
本当はもう少し居たかったけど、それでも良い静養ができました。

箱根は、やっぱりいいなあ!!!


友との別れ

友人のHさんが亡くなった。

小学校の同級生。
最近頻繁に集まっている女子会の仲間の1人でもあったけど、病のためしばらく女子会に参加できないでいた。

昨年暮れに自らホスピスに入居。
そのお知らせは冷静に淡々としていて、あまりにも自然に死を受け入れている感じだったので、かえって私は強いショックを受けた。

何と強い人なんだろう!
何とカッコよく、素敵な人なんだろう!

昔から私は彼女が好きだったけど、さらにさらに彼女のことを大好きだと思った。
この気持ちを、生きている今の彼女に是非知って欲しい!!!

そう思って、彼女にメールを送った。
返事は期待していなかった。

数日後、彼女から明るい返事が来た。
あまりにも嬉しくて、涙が出るほどだった。

それから、私は常にHさんを意識しながら日を送っていた。
いつの日か別れが来ることはもちろんわかっていたけれど、どこかで彼女と心が繋がっていると思えたので、気持ちは穏やかなままだった。

「そのときは神様が決めるのでいつになるかはわからないけれど、いつもキリスト様が一緒にいてくださるので心は安定している」
そう言っていたHさんは、そのときが来て神様の下に帰っていった。

寂しいけれど、私は今、とても素直に彼女の死を受け入れている。

彼女のなんとも見事な身の処し方を、私も是非見習いたいと心から思う。

Hさん、ありがとう! ご冥福を祈ります。

恩師からの電話

先日、電話を取ると、、、
「〇〇さんのお宅ですか?」
「はい、そうです」と私。

「××△子さん、いらっしゃいますか?」と私の旧姓で言うので、、、
「はい、私ですが、どなたですか?」

すると、、、
「誰だかわかるかい?」ですって。

その言い方に突然ひらめいて、、、
「もしかして、、、U先生ですか?」と言うと、、、
「そのとおりだよ。よくわかったねぇ」と先生。

U先生は、小学校の1年から3年まで受け持ってくれた担任の先生だった。

「いやあ、君から昨日寒中見舞いをもらってね、懐かしくて声を聞きたくなったから電話しました」

我が家は喪中で年賀はがきは出さなかったので、代わりに寒中見舞いをU先生にも確かに出した。
でも、まさか電話をもらうなんて、、、!

あ~、びっくりしたぁ!!!!!

ひとしきり昔の話をして、「先生、夢のように時が過ぎてしまいましたねぇ」と私が言ったら、先生は「そうだねぇ。君の言うとおり、本当に夢のように時が経ちましたね」としみじみおっしゃった。

電話を切った後、つくづく思った。
U先生って、本当にいい先生だったなぁ。