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ミッキーの京王線沿線ぶらぶら日記

ひま人主婦のミッキーが、大好きな京王線沿線を足の向くまま気の向くまま、ぶらぶら歩いて見つけたこと。

「象鳴き坂」と「姫街道」 1

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「姫街道」は見付(みつけ)から御油(ごゆ)まで約60キロの街道だが、この日の私たちは都築(つづき)から気賀(きが)までの10キロ強を歩く予定だった。
目的はあくまで「象鳴き坂」を登ること!

都築駅からガイドブックに従って、のどかな田んぼの中の一本道を進み、橋を渡って右へ。姫街道に入る。

点在する住宅とミカン畑の中の広い舗装道路をゆるゆると上っていく。

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大谷代官屋敷。

江戸にいる領主大谷近藤家に代わって事実上領内を支配した大野家の屋敷で、現在も子孫が住んでいる。土地の人々は大野家を「お代官様」、この屋敷を「代官屋敷」と呼んでいる。

と立て札に書いてあった。

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さらに進んでいくと、道から少し登った所に「六部(ろくぶ)様」。
(修行僧円心の墓)とかっこ書きしてある。

立て札には、「1767年(明和4年)12月29日、大谷村と都築村との村境で行き倒れになった六部の忠道円心を祀ったところである。背負っていた逗子と中の仏像は、大谷の高栖寺に子授観音として祀られている。」とあった。

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ミカン畑の中をさらに進んでいくと、大谷一里塚址の石碑が木の葉っぱに埋もれるようにあった。文字がよく読めない。
日本橋から70里だそうである。

周りは、とにかくミカン畑ばかり。
「三ケ日みかんは有名だもんねぇー」などと話しながら先へ進む。

住宅地やミカン畑の間にも家々が建っているのに、ここに来るまで全く人と出会わないのも不思議な気がした。

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道を尋ねる相手もいないので、分岐のところにこうした「姫街道」の立て札がなかったら、きっとすぐに道に迷ってしまったことだろう。

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和田牧場の脇を通って、どんどん上っていった。道はまだ舗装道路で歩きやすいと思っていたら、程なくしていよいよ細い石畳の道となった。石畳といっても都会にあるような平らなものではないので、途端に歩きにくくなる。

かなり上ったところで後を振り返ってみると、素晴らしい景色!
辺り一面、見渡す限りのミカン畑が壮観だった。

この中をずっと頑張って歩いてきたと思うと、ちょっと嬉しい。

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石ころだらけの細い道をダラダラと登っていくと、道の脇に大きな「石投げ岩」があった。
岩の上には、小石がいっぱい載っていた。
引佐峠を上り下りする旅人が、この岩に石を投げて道中の無事を占い祈ったそうだ。

私ももちろん、小石を投げてこの旅の無事を祈った。思いは、かなり真剣な願いだ。

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さて、この辺りから、いよいよ本格的な急坂となる。

石畳は親切に敷いてくれているのだろうが、却ってものすごく歩きにくい。
油断するとすぐに足首を捻ってしまいそうで、特に私には細心の注意が必要だった。

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「象鳴き坂」の立て札があった。

そこからは、さらに道が悪く急な細い坂道が続く。
左側は崖。

かなり大変だが、人間は身体が小さいから泣くほどのことはない。
だが、図体の大きな重い象だったら、、、確かに悲鳴をあげたことだろう。

本当に、よく転げ落ちなかったものだ。
こんなところを延々と歩かされた象に心からの同情を禁じえなかった。

なんて気の毒な象さん!!!

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